伝統的な有線七宝の技法を用い、多彩な色とつややかな透明感で、食べ物から生き物まで、森羅万象の表現を模索する常信明子さんは、見る人の心にやすらぎを与える、しあわせのかたちを表現し続けています。

――工芸との出会いはルネ・ラリックを通して

小さい頃から絵を描くのが好きで、小学生の頃から高校生まで、パステル画教室に通っていました。高校2年生から美術を進路として考え始め、予備校に通うようになり、ある日先生にお勧めしていただいた「ルネ・ラリック展」に足を運びました。ラリックの工芸作品の中でも、前期の彫金やプリカジュールあたりの、繊細で、モチーフの表現が生き生きとしている作品らに心惹かれました。ラリックがモチーフを心から愛し表現していることが伝わり、『本当に好きなものを表現することが、こんなにも見ている人を楽しませることができるのか』と、新鮮な気持ちになりました。当時、芸術において自分にフィットする分野がないものかと、悩んでいたのですが、ラリックに出会えたことで、『工芸って面白い!』と思えたのです。

――七宝に無限の可能性を感じて

東京藝術大学美術学部工芸科に進学後、最初は陶芸に関心がありましたが、「どさ回り」という工芸科のそれぞれの専攻を学ぶ機会があり、彫金を体験した際、他にはない面白さを感じました。彫金の講座に入り、2年ほど金属の基礎を学びました。大学4年生の始めに、七宝を学ぶ機会があり、七宝のことはそれまでも知っていましたが、いわゆる昔ながらのご贈答品のイメージでした。ですが、実際に制作してみると、それまでは彫金の金属の限られた色数の中で表現していた世界が多彩に広がり、透明感にも魅せられました。細かい表現も自分の好きな方向性でしたので、そういった意味でも、新しい自分を表現出来るのではないか、と大きな可能性を感じました。

◯はなざかり / Hanazakari ◯七宝、銅、銀 / enamel, copper, silver ◯2018

――新たな色彩や移り変わる質感を表現するよろこび

初めて七宝で扱ったモチーフは手まり寿司です。伝統的な作品ではほとんど見られなかった「食べ物」というモチーフを七宝で表現したらどのようなものが出来るかと、面白いのではないかと思いました。七宝の技法の観点から見ると、食べ物には色幅もあります。ガラスの透明感で、モチーフの瑞々しさを表現したり、逆にマットな色調の幅も広いので、食材を表現するのに七宝は適した技法だと感じました。七宝だとダイレクトに自分が表現したいことを出してゆけると思いました。

――日本の食文化、お寿司を題材に

卒業制作の「ことぶき(2015)」では、おめでたいものにまつわる華やかな気持ちを、お寿司というモチーフで表現しました。お寿司が日本の伝統的な食文化であることは言うまでもありませんが、海外の多くの皆様にも愛されています。伝統的な日本のお寿司の良さや、それらを生み出す職人の皆さんのまごころも、きちんと伝わってゆくことを願って、制作のモチーフとして取り入れています。

◯ことぶき / Kotobuki ◯七宝、銅、銀、真鍮 / enamel, copper, silver, brass ◯7×7×6cm ◯2015

――いのちの営みにふれて、新たな世界観を模索

大学院修了制作の「ふきよせ(2017)」を制作するきっかけとなったのは水族館でした。大学院時代に既に様々なところで展示をさせていただく機会があり、その際は食べ物をずっと表現していたのですが、大学院を修了する頃は、何か違ったことを時間をかけて表現したいと思いました。モチーフを探していた時に水族館に行って、魚が列をなして一心に泳いでゆく、いのちの営みにふれ『この色の感じを七宝で表現できたらいいな。』と思い、木型作りから七宝の作業まで3~4ヶ月の時間をかけて、制作しました。

◯ふきよせ / Fukiyose ◯七宝、銅、銀 / enamel, copper, silver ◯2017

――作品を発表して制作を続けていくこと

学生時代は、より面白い作品を作ろうという点のみに着目して制作していました。しかし卒業後、より様々な場所で作品を見て頂く機会を得たことで、作品の質を高めていくことは勿論、それと同時に、作品を発表して多くの人に見て頂くことが作家活動を続けるためには重要だと実感しました。社会とのかかわりによって、新たな作品のインスピレーションが芽生えることも多いです。食べ物という身近なモチーフを通し、七宝の技術についてもご関心をお持ちいただけたり、日々新しい発見があります。私の作品を通し、喜んでくださったり、新しく自分の世界が広がっていくことを経験し、これからも様々な作品をお届けし続けていきたいと思っています。

◯あかね / Akane ◯七宝、銅、銀 / enamel, copper, silver ◯2019


Profile
常信 明子(じょうしん・ひろこ)
七宝作家 1991年、神奈川県生まれ。2015年、第1回 東京藝術大学 平成藝術賞 受賞、第49回 日本七宝作家協会展 日本七宝作家協会会長賞 受賞。 2017年、東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専攻彫金修了。髙島屋日本橋店での個展をはじめ、グループ展多数。